化学業界の企業へ就職・転職するにあたって、「この会社は今後も安定して利益を出し続けられるのか」は重要なポイントです。
業績が悪化して赤字が続けば、事業撤退や人員削減が行われ、自分自身がその対象となる可能性もあります。さらに長い目で見れば、企業そのものの存続について考える必要もあります。
新卒で入社してから退職するまで数十年間働く可能性を考えると、現在の年収や福利厚生だけでなく、長期的に利益を創出し、発展し続けられる企業かどうかを見極めることも大切です。
企業が今後も生き残っていくかを考える方法の一つとして、「研究開発へどれだけ投資しているか」があります。
化学メーカーでは、新しい材料や製品、製造技術を生み出す研究開発が、将来の事業につながる可能性があります。
しかし、
「研究開発費を多く使っている企業ほど、本当に利益も高いのか?」
「研究開発費比率が高い企業は、将来性が高いと考えてよいのか?」
という疑問もあります。
そこで本記事では、化学企業130社を対象に研究開発費比率と売上高営業利益率の関係を分析した研究を確認し、さらに化学業界各社の研究開発費比率のデータとあわせて考えていきます。
化学工業130社を対象とした分析では、研究開発費比率と売上高営業利益率の間に、統計的に有意な正の関係が確認されています。
★化学業界の研究開発費と営業利益率には関係がある?★
研究開発投資と企業の収益性について参考になるのが、玄場公規氏(法政大学)、今橋裕氏(大阪大学)、竹岡紫陽氏(立命館大学)による「日本製造企業の研究開発投資及び設備投資と収益性の定量分析」です。
この研究では、2015年度に日本の上場市場へ上場していた製造企業を対象として、研究開発投資や設備投資と収益性との関係を分析しています。
JASDAQ市場の企業を除いた製造企業1,071社を対象としており、そのうち化学工業は130社です。
分析では、
- 売上高営業利益率
- 研究開発費比率(研究開発費÷売上高)
- 設備投資比率(設備投資費÷売上高)
- 企業規模
などを用いて重回帰分析を行っています。
★化学企業130社では研究開発費比率と営業利益率に正の関係★
化学工業130社についての分析結果を見ると、研究開発費比率の係数は「0.501」で、5%水準で統計的に有意な正の値となっています。
つまり、この分析対象となった化学企業では、ほかの変数を考慮したうえで、研究開発費比率が高い企業ほど売上高営業利益率も高い傾向が確認されています。
係数は0.501となっており、分析上は研究開発費比率が1ポイント高い企業ほど、売上高営業利益率も約0.5ポイント高い関係が見られました。
化学メーカーでは、新しい材料、製品、用途、製造プロセスなどを生み出す研究開発が競争力につながる場合があります。
研究開発への投資が大きい企業ほど、高付加価値な製品や技術を生み出し、それが収益性にも関係している可能性が考えられます。
★研究開発費を増やせば利益率が上がるわけではない★
ただし、この結果については注意が必要です。
「研究開発費比率を1%上げれば、営業利益率が必ず0.5%上がる」
という因果関係が証明されたわけではありません。
研究開発費比率と営業利益率の間に正の関係が確認されたという結果であり、
- もともと利益率が高いため研究開発へ多くの資金を投入できる
- 高付加価値製品を扱う企業では研究開発費比率と営業利益率の両方が高くなりやすい
- 企業ごとの事業内容や製品構成が影響している
- 市場シェアやブランド力など、研究開発費以外の要因が影響している
といった可能性もあります。
実際、化学工業130社の分析における決定係数は0.054となっています。
研究論文でも、決定係数が低い回帰結果があるため、結果の解釈には注意が必要であるとされています。
また、製造業全体では研究開発費比率の係数が有意に負となる一方、業種別では結果が異なっています。
食料品製造業と化学工業では有意な正の関係でしたが、医薬品製造業、生産用機械器具製造業、業務用機械器具製造業などでは有意な負の関係となっており、すべての製造業で同じ傾向が見られるわけではありません。
そのため、研究開発費比率は企業の将来性を見る有力な材料の一つではありますが、単独で企業の将来性を判断する指標ではありません。
★研究開発費比率が高かった化学メーカー★
では、実際の化学メーカーでは、売上高のうちどの程度を研究開発へ投入しているのでしょうか。
化学業界の企業について、「研究開発費÷売上高×100」で研究開発費比率を比較した結果はこちらの記事で紹介しています。
このデータは2023年2月時点のものです。
現在の研究開発費比率や順位を示すものではないため、就職・転職先を現在比較する場合は、各企業の最新の有価証券報告書や統合報告書などもあわせて確認してください。
2023年2月時点で、研究開発費比率が5%以上だった企業は次のとおりです。
- 高砂香料工業:7.9%
- 東京応化工業:7.9%
- 日産化学:7.7%
- JSR:7.2%
- 日本化薬:7.0%
- 住友化学:6.3%
- 富士フイルムホールディングス:6.0%
- 小林製薬:5.4%
- MORESCO:5.0%
2023年2月時点では、高砂香料工業と東京応化工業が研究開発費比率7.9%で最も高く、日産化学が7.7%で続きました。
さらに、JSRも7.2%、日本化薬も7.0%となっており、売上高に対して比較的大きな研究開発投資を行っていたことが分かります。
研究開発費比率を見ることで、その企業が売上高に対してどの程度の資金を将来の技術や製品へ投じているのかを比較できます。
特に研究開発職への就職・転職を考えている人にとっては、企業が研究開発をどの程度重視しているかを見る一つの指標になります。
★研究開発費比率が高い企業は長期的に存続しやすい?★
今回の研究結果を見ると、化学業界において研究開発費比率が高い企業と営業利益率が高い企業の間には正の関係が確認されています。
そのため、研究開発へ継続的に投資できることは、企業の将来性を考えるうえで一つのプラス材料になると考えられます。
一方で、
「研究開発費比率が高い企業なら倒産しない」
「研究開発費比率が高ければ人員削減も行われない」
ということではありません。
企業が長期間存続できるかどうかには、研究開発以外にも多くの要因があります。
例えば、
- 既存事業の競争力
- 営業利益率
- 営業キャッシュフロー
- 自己資本比率
- 有利子負債
- 市場シェア
- 主力製品の成長性
- 事業ポートフォリオ
- 海外展開
- 設備投資
- M&A
- 研究開発成果の事業化
なども関係します。
研究開発へ多くの資金を投入していても、それが長期間事業化されなければ、必ずしも利益にはつながりません。
反対に、研究開発費比率がそれほど高くなくても、強い既存製品、高い市場シェア、安定したキャッシュフローを持っている企業もあります。
したがって、企業の長期的な安定性を見る場合には、研究開発費比率だけではなく、複数の指標を組み合わせて判断することが重要です。
★研究開発職への就職・転職では研究開発費比率も重要★
研究開発職を希望している人にとっては、企業の存続性とは別の意味でも研究開発費比率を確認する価値があります。
企業で研究を行うためには、
- 研究者の人件費
- 原材料費
- 分析装置
- 研究設備
- 試作設備
- 共同研究
- 特許出願
- 新規テーマへの先行投資
など、多くの費用が必要です。
売上高に対して継続的に大きな研究開発費を投入している企業では、研究開発を経営上重要な活動として位置付けている可能性があります。
ただし、研究開発費が多いことと、研究者一人ひとりが自由に研究できることは別です。
研究テーマ、研究者数、研究拠点、事業化までの期間、研究設備なども企業によって大きく異なります。
研究開発職への就職・転職を考えている場合は、研究開発費比率とあわせて、研究開発人員についても確認すると企業の特徴をつかみやすくなります。
★化学メーカーの将来性を見るなら複数年の推移も確認する★
さらに、就職・転職先として数十年単位の将来性を考えるのであれば、ある1年だけの研究開発費比率を見るよりも、複数年の推移を見ることが重要です。
例えば、
- 売上高が減少しても研究開発投資を維持しているか
- 利益が悪化したときに研究開発費を大幅に削減していないか
- 研究開発費そのものが長期的に増えているか
- 研究成果が新製品や新事業につながっているか
などを見ることで、その企業が研究開発をどの程度長期的に重視しているかを判断しやすくなります。
研究開発は成果が出るまでに時間がかかることも多いため、単年度の数値だけでは判断しにくい面があります。
可能であれば、有価証券報告書や統合報告書を数年分確認し、研究開発費の推移と売上高、営業利益の推移を一緒に見るのがおすすめです。
★まとめ|研究開発費比率は化学メーカーの将来性を見る一つの指標★
化学業界の企業へ就職・転職する場合、現在の年収や働きやすさだけでなく、その企業が長期的に利益を生み出し続けられるかを確認することも重要です。
2015年度の上場製造企業を対象とした研究では、化学工業130社について、研究開発費比率と売上高営業利益率の間に統計的に有意な正の関係が確認されました。
また、2023年2月時点の研究開発費比率を見ると、高砂香料工業、東京応化工業、日産化学、JSR、日本化薬などが比較的高い水準でした。
こうしたデータは、「どの企業が将来に向けた研究開発へ積極的に資金を投入しているか」を比較する一つの材料になります。
化学メーカーを長期的な視点で比較するなら、研究開発費比率に加えて、営業利益率、キャッシュフロー、財務体質、事業構成、市場シェアなどを組み合わせて確認することで、企業の将来性をより多面的に判断できます。
研究開発費比率だけで企業の将来性を断定することはできませんが、「現在の利益」だけではなく「将来の利益を生み出すためにどれだけ投資しているか」を見るという意味で、非常に興味深い指標の一つだと考えられます。